2011 たまむら花火大会
2011.7.16開催分 ※群馬県佐波郡玉村町


 あの2011年3月11日のまさにそのとき、僕は伊勢原総合運動公園(いせはら花火の会場)に隣接している成城学園グラウンドの駐車場に向かって校内の道路を徐行運転していた。たぶんスピードは時速20キロとかそのくらい。ハンドルや身体に違和感を感じ、直感で大きな地震だと分かった。そのまま数十メートル先の周囲が拓けている駐車場へ。そして停まる。停まるとかなり大きな地震だということがよく分かった。
 とにかく揺れ続けている時間の長いことに恐怖を感じた。こんなにしつこく揺れ続ける地震は初めての経験だった。震源地から遠く離れた神奈川県伊勢原市でも震度は「5」を記録した。

 飛び込んでくるニュース映像はまるで信じることができなかった。信じたくなかった。津波の映像は想像を超えたものだった。福島第1原発は地震発生直後、1号機から3号機が自動停止。送電線からの電気供給がダウンしたため、バックアップ用の非常用ディーゼル発電機が自動起動し原子炉の冷却を行ったという。しかし、推定13メートルの津波に襲われ非常用電源設備が冠水。冷却手段を失った原子炉では過熱による炉心溶融が発生。3月12日、第1原発1号機で水素爆発。13日、3号機の燃料棒が露出。14日、3号機で水素爆発。結果、大量の放射性物質が外部に放出された。なんという悲劇なのか。

 日本が未だかつて経験したことのない大惨事。底なしの悲しみと不安は、1年7ヶ月経った今もなお日本中を支配したままだ。
 震災から4ヶ月後に開催された「たまむら花火大会」。悲しみと不安の中だからこそ開催しなければならない、元気を玉村から発信するんだ、の一念で開催を決意されたと主催者の方はおっしゃられた。その通りだと僕も思った。
 (有)菊屋小幡花火店さんによって、鎮魂と復興を祈願した花火が厳かにそして力強く打ち揚がった。僕はこの花火を、いつの日か被災された方々に観てもらいたいと思った。慰霊と復興を願った花火を僕も記録しなければならないと思った。

 2012.10.18 観覧記文公開。