2009 湘南いせはら芸術花火大会
2009.4.25開催分 ※神奈川県伊勢原市


 大切な田畑を借用させてくださった地権者様、耕作者様、借用者様、周辺酪農家の皆様、周辺住民の皆様、花火大会にご協賛いただきましたスポンサーの皆々様、ご後援・ご協力を賜りました皆様、未熟な主催者にもかかわらず、素晴らしい花火を揚げてくださった(株)磯谷煙火店の皆様、そして、プログラムにこそ掲載されていませんが、厚いご協力ご支援を賜りました各関係者の皆様、140名もの市民ボランティアの皆様、関わってくださった各業者の皆様、本当に本当にありがとうございました。皆々様のお陰で、無事花火大会を開催・終了することができました。大会運営に携わったメンバーのひとりとして、謹んで厚く御礼申し上げます。

 開催日前日の4月24日、ほぼ確定的な荒天予報に、天気までもが試練を課すのか、と空を睨んだ。伊勢原の会場は田園地帯。四方八方に道があるため、警備スタッフは総勢210名にも膨らんでいる。そのうちの140名が一般市民によるボランティアスタッフ。その中には高齢者や女性も少なからず含まれており、雨や寒さによる体調不良が懸念された。雨マークがついた23日から、実行委員会では雨対策による緊急ミーティングが繰り返され、実行委員メンバーの疲労はピークに達した。それでも皆、笑顔が消えることはなかった。「伊勢原のみんなに磯谷煙火店の花火を観てもらうんだ。伊勢原に夢と未来を感じてもらうんだ」の一念が決して失せることはなかった。

 湘南いせはら芸術花火大会実行委員会は、全くの一般人によって構成されている。ほとんどが伊勢原市民だが、横浜や東京等、遠方から通ってくださったメンバーもいる。皆、定職を持っているので、会議はいつも午後7時30分からのスタートだった。仕事を終えてからの会議は、体力的にも精神的にもきつかった筈だ。そして何より、この一般市民のみのメンバーで、花火大会を開催するというプレッシャーは相当なものであったと思う。
 ずぶの素人が主催者を決意し、よくもまあここまで来たものだと思う。2008年春開催を断念した以降、来年は必ず開催するんだ、との思いで我武者らに走り続けてきた。
 壁にぶち当たることだらけの日々だった。周囲からはできる訳がないと囁かれていた。メンバー誰ひとりとして欠けても出来ないといった、ぎりぎりの活動の末にやっと辿り着いた4月24日だった。

 第1回 湘南いせはら芸術花火大会開催日の2009年4月25日、準備は予報通り冷雨打ち付ける中での過酷極まる作業となった。雨と寒さで身動きが鈍く重くなる中、全スタッフ力を合わせた渾身の準備が進んでいく。
 煙火打ち揚げ場は想像を絶する過酷さとなった。詳細を書くことはできないが、とても声を掛けられる状況ではなかった。私たち実行委員会の想いに、花火で応えてくださると仰ってくださった磯谷煙火店の全スタッフさんが、容赦なく降りつける雨で最悪となった設置地と懸命に戦っておられた。
 ずぶ濡れのスタッフさんとは対照的に、並べられたすべての花火には、まるで赤子を護るかのように手厚く防水シートが掛けられ保護されていた。足元には大量のコード類が延びている。死んでも踏むものかと地面を凝視して歩いた。
 頼むからやんでくれ、頼むからやんでくれ……。呟いた言葉はまるで題目のようだった。願いを続けた。頼むからやんでくれ、頼むからやんでくれ……。

 午後4時。冷雨降り続く空に、閃光が煌めいた。伊勢原の空に3号5発の雷が揚がった瞬間だった。その時、一緒にいた友人の後日談によると、僕は何とも惚けた顔をしていたと言う。その瞬間を僕は生涯忘れないだろう。日中に揚がる信号雷は一般的な花火大会でよく眼にする光景だが、実行委員のいちメンバーとしては感無量の出来事だった。「揚がった……」そんな驚いた顔をたぶんしていたのだと思う。
 開催直前の午後6時半。激しく吹き付けていた冷雨は急激に影を潜めていった。大量の雨を降らせた低気圧が、やっと遠ざかってくれたのだった。
 (株)磯谷煙火店さま側から、スタンバイオールOKの連絡が入る。築城忠生実行委員長/長塚市長/亀井衆議院議員/高山県議会議員の皆様による開会セレモニー、そしてカウントダウン。目映い閃光と轟く開発音。第1回 湘南いせはら芸術花火大会が開幕された瞬間だった。

 大会は、タレントさんである矢田絵実里さんのMC、そして花火ビューティーさんこと花火鑑賞士であられる石井孝子さんの解説で進行された。和気あいあいなふたりの掛け合いは素晴らしく、大会成功に大きく貢献してくださった。
 石井さんの解説は非常に分かり易く、来場者の皆さんは大いに楽しみ、そして花火の奥深さに興味を抱いてくれたのではないだろうか。
 矢田さんのMCはとても軽快で聴きやすく、そしてキュートだった。また、音響を担当してくださった(有)パル音楽産業さんの音出しも絶妙なタイミングで、芝桜のスターマイン&メロディ花火を完璧に支えてくださった。


プログラムNo.5 「芝桜のスターマイン」
映像提供:プーちゃんねる様





 2009年2月、(株)磯谷煙火店さま側から添付ファイル付きのメールを戴いたときの歓びはいまも鮮明に覚えている。添付ファイルは、詳細な打ち揚げ内容だった。何度読み返したか分からない。感動にうち震えていた。
 プログラムNo.2のメッセージ花火に奢られた5号10玉の玉名の数々。
 No.3にはなんと、ダイヤノユビワのスターマイン(驚きでした)。
 No.4は、解説文付きの4号玉50連発。
 No.5に実行委員会がオーダーした芝桜のスターマイン。のちに知ったことだが、この花火は伊勢原用にデザインされた全くの新作花火。(株)磯谷煙火店公式HPの掲示板にも書かれていたが、芝桜研究倶楽部(略してシバケン)なるプロジェクトによって制作されたとのことだった。
 No.6には5号型物がなんと5種類で25玉。
 No.7を見たときには思わず感嘆の声が漏れた。ミルククラウンのスターマインがラインナップされていた。
 No.8の5号50玉に至っては、タイトルを獲得しているコンテスト作品がズラリと並んでいるのだった。
 No.9には、実行委員会がオーダーした追悼スターマイン。
 No.10に、メロディ花火と記されてあった。
 それらプログラムが本物となった本番はあまりにも美しくきらびやかだった。伊勢原の夜空に、光の宝石連打が燦然と輝いた。5号の中にぎゅっと詰め込まれた華麗なる(株)磯谷煙火店ワールドは、そのクオリティの高さとパフォーマンスで伊勢原市民の度肝を抜き、そして唸らせ、とうとうノックダウンさせてしまった。
 反響はもの凄かった。湘南いせはら芸術花火大会公式HPの掲示板には、多くの市民から賞賛の書き込みが相次いだ。公式メールにも同様の賛辞がズラリと受信されていた。

 2007年3月、私たち実行委員は3人で船出をし始めたが、2008年6月には26名、10月には39名となって第1回という名の島を目指し航海を続けてきた。そして多くの皆様の支えで、なんとか第1回目の島に寄港することができた。現在私たちは、第2回という名の島を目指して出航する準備を整えている。今回の反省事項はてんこ盛りの状態だが、何とか頑張って乗り越えていきたい。嵐の大海原は今から覚悟しているが、2回目の島に上陸する日はなんとか快晴であって欲しいと願うばかりです。
 第1回開催にあたり、本当に多くの花火愛好家諸氏よりご援助、温かな励ましを戴きました。花火愛好家さんのご支援がなければ、開催に漕ぎ着けることができませんでした。心より御礼申し上げます。
 ラスト映像は「いせはらに夢と未来を!! グランドフィナーレ 関東圏初披露メロディ花火 伊勢原スペシャル」です。そして最後にどうしても書き添えておきたいことがあります。それは(株)磯谷煙火店さまの技術力の高さ。あの豪雨、そして最悪のコンディションとなった設置地でのセッティングにもかかわらず、ノートラブル+全数消費の完璧な打ち揚げに、実行委員一同謹んで御礼申し上げる次第です。

 この観覧記制作にあたり、映像提供を賜りましたプーちゃんねる様、写真提供を賜りました滋野様、誠にありがとうございました。


いせはらに夢と未来を!!「メロディ花火 伊勢原スペシャル」
映像提供:プーちゃんねる様





 ※2009.5.24観覧記公開。
 ※花火打ち揚げ:(株)磯谷煙火店さま