2006 神明の花火
2006.8.7開催分 ※山梨県市川三郷町


 今年もこの笛吹川の風に吹かれることができた。まずそのことに感謝したい。大会が通常開催されることは勿論のこと、天候に恵まれたこと、病気もせずここに来れたこと、この場に立てたすべての加護に対し、感謝の気持ちでいっぱいだ。
 あの日、神明の花火で打ち揚げられた「テーマ花火」に出合っていなければ、いまの僕はなかった。生きる楽しみもなく、些細な問題にすら悩み苦しみ、つまらない日々を混沌と過ごしていたかもしれない。あの日から時はだいぶ流れたが、感動の記憶は今もなお鮮やか。此処は僕の原点であり、かけがえのない大切な場所のままだ。

 神明のテーマ花火。それは3部構成による物語の花火。フィナーレの前に打ち揚げられる、9分間にも及ぶ神明のアイデンティティ(identity)花火だ。僕はこのコンセプトの花火に、とことん惚れ込んでいる。
 或る年は「過去・現在・未来」をテーマにした花火だった。「過去」では、打上花火が始まった頃の情景を再現し、「現在」では色鮮やかな菊や牡丹の連打、そして「未来」では、演出煙火を多用したワイドなスタマが揚がった。
 また或る年は、「戦い・希望・繁栄・旅立」というテーマだった。敗北や挫折をスローな花火(雲霞など)で表現し、立ち上がっていく姿や希望を、フラッシュやトラの尾で場面切り替えしてワイド掃射。旅立ちと繁栄を、尺玉の3箇所打ちで雄大に表現した花火だった。

「生」「歩」「輝」と書いて、いぶき(息吹)という年や、「元気・元気・元気」というテーマの年もあった。神明は一貫して、大衆の暮らしの中に存在するテーマを打ち揚げてきた。そこに、僕はとても惹かれている。
 観覧者は感じ得た想いをそれぞれの形にして、心の中にそっと仕舞い込んで家路へと歩き出す。「来年も魅せて欲しい」どれほど多くの人がそう思って席を立ったことだろう。



 風があるお陰でとてもクリアに花火が観れる。ここ数日間、風の無さに悩まされていたのでなんとも嬉しい。そういえば、2尺玉という花火を初めて観たのも神明だった。視界に入りきらないほどの大きさに、 何とも言えぬときめきを感じたものだった。
 この観覧記を書くにあたり、保管されている花火プログラムを久し振りに引っ張りだして見たのだが、 「遠い3尺より近くの2尺」と殴り書きの文字を見て苦笑いした。もうひと昔も前のメモだが、観覧者側からすれば一理あるなぁ、と。それにしても懐かしい。まるで古いアルバムを見ているような気分……。

 お洒落で綺麗な花火と、心を打つ優しい花火とでは感動の種類が違う。喩えが適切でないかもしれないが、高価なブランドの服が、自分に似合う服とは限らない。
神明は全国No.1大会ではない。No.2でもNo.3でもない。
だけど、僕の大好きな大会のNo.1だ。
僕の感性に合っている大会のNo.1だ。
僕がどうしても観覧したい大会のNo.1だ。

何故なら、神明のコンセプトは、とても温かいから。

添付映像は2006神明のグランドフィナーレ。また来年、この場所で。


2006神明の花火グランドフィナーレ




 ※打上煙火会社は、小口煙火さま、丸玉屋小勝煙火店さま、山内煙火店さま、
   斎木煙火本店さま、マルゴーさまの計5社。 
 ※2006.10.2観覧記公開